僕が31歳で二拠点居住を始めたワケ(3)

text=岩﨑大輔(神戸R不動産/Lusie inc.)


現在、甲陽園と、京都・福知山市の2ヶ所で暮らしている。写真は福知山の家。

前回のコラムからつづく

兵庫・甲陽園と京都・福知山の二拠点

甲陽園に住んでから車でいろんな場所へ出かけるようになった。

自宅近くを南北に貫く県道を山手へ進むと、神戸市・三田市・宝塚市・西宮市方面に分かれる峠にさしかかる。自宅から約30分で有馬温泉や六甲山頂、1時間もあれば城下町や古民家が残る篠山市内(三田市の奥)にだって足を運ぶことができる。
以前はわざわざ出かける場所だったのが、いつのまにかふらっと行ける感覚になっていた。

ちょうどその頃、僕は自分がそれまで知らなかった“日本”を発見する機会が多くなっていた。
結婚を機に、妻の実家がある富士山の麓の村を訪れる回数が増えたのだが、村や家族の風習、しきたり、郷土料理などには目からウロコのような発見があったのである。

30歳手前までは海外に情報を求めることが多く、食以外の日本文化には、正直ほとんど関心がなかった。ところが、姿・形だけでは計り知れない奥深さや時を経ても変わらない魅力を日本の中に発見することが次第に多くなり、やがて、そんな魅力をリアルに体験できる場所へ住んでみたいと考えるようになった。

仕事柄や自分自身の好奇心ももちろんあった。
「環境の異なる2つ以上の家に住むことはハードルが高いのだろうか?」と考えたところ、距離、交通手段、双方のロケーションを綿密に組み立てれば意外と可能であることがわかった。また、子どもがちょうど生まれるタイミングだったこともあり、子育てする時期にこそいろんな場所を同時体験できる環境をつくっておきたいという、後押しの気持ちが膨らんだ。

若いうちにこそ二拠点居住を

福知山の家。明け方や雨の日は雲海に包まれる

そして甲陽園に住み始めた約1年後の31歳のとき、僕は京都府・福知山市の端っこで、兵庫県・朝来市の境界付近にある“夜久野町”という小さな村と二拠点居住を始めた。

継続的な移動時間が苦痛にならず交通費が手頃な場所を探していたのだが、一方で、今住んでいる場所と切り離される感覚はどうしても味わいたかった。結果、「1時間30分」という距離感を導き出した。

そして、たまたま条件の合致する物件に出会った。高速道路でのアクセスも良くETC割引などもあり、交通費やガソリン代は思いの外安くつくロケーションだった。
目の前に広がる田畑と雲海に包まれる山の風景に一目惚れしてしまったのである。所有者だった画家はここで創作活動を行っていたのだが、この風景が気に入って移住し、ここに家を建てたそうだ。西宮市在住の建築家に建ててもらった家というのも、何かの縁を感じた。


左:ブランコ遊びに夢中の息子。/中:散歩は虫や草花に興味津々/右:一度植えたらどんどん育つハーブ。

夜久野は兼業農家が多く、手打ち蕎麦が有名だ。建て替えられた家も少なくないが、昔ながらの古民家がポツポツと建ち並び、小さな商店を除いて店は他にない。ただ、京都を東西に貫く主要国道が車で10分ほどの距離にあり、そこには大型スーパーや病院など一通り揃う。町中暮らしが長かった僕にとって、万が一のことを考えた時の安心材料となった。

(第4回に続く)