僕が31歳で二拠点居住を始めたワケ(1)

text=岩﨑大輔(神戸R不動産/Lusie inc.)

こんにちは、神戸R不動産スタッフの岩﨑です。

僕は20代の後半、大阪市内のワンルームに住んでいたが、27歳くらいから兵庫県の西宮市という町に暮らすようになった。そして今は36歳で、とある農村と2拠点居住をしている。神戸R不動産に入ったのは2拠点居住を始めて3年目の34歳の頃だ。今回は、そんな経緯をお話しようと思う。


現在僕が住む甲陽園のマンションから。駅の近くだがカエルや虫の鳴き声が響くのどかな場所。
住む場所を変えれば、価値観も変わる︎

20代後半。会社員だった僕は、夜中まで働き明け方まで飲むという生活を続けていた。住まいに関わる仕事をしていたが、平日家にいる時間が極端に少なかったこともあり、自分自身の住みかにはほとんど関心がなく、最低限の寝るスペースがあればそれで良かった。

仕事はそれなりに順調だったし特に大きな不満もなかったのだが、いつからか「この生活を繰り返した先に一体何があるのか?」という漠然とした虚無感に襲われた。飲食などの消費を繰り返し、時間に追いまわされて寝に帰るだけの日々。

そして、僕は引っ越しをすることにした。仕事のペースは相変わらず何も変わっていなかったが、とりあえず住む環境を変えてみようと思った。
物件探しの重要ポイントは、「ついフラフラ立ち寄ってしまいそうなお店が少ない場所」だった。あとは、「仕事の行き帰りに発見のある道のり」「味わいのある町並み」を満たしていればベター。


甲子園口のまちなみ(左:歩行者専用道路もある新堀川沿い/右:武庫川河川敷近くの桜並木)

そして引っ越した先は、西宮市の東端、最寄りがJR・甲子園口駅のマンション。普通電車で大阪駅から約13分の静かな住宅街だった。ファミリーが多い町だったので、独身の僕にはちょっと落ち着き過ぎている感もあったが、都会から少し距離をおくにはちょうどよい環境に思えた。

駅と自宅の往復は新堀川という川沿いの道のりで、柳の木に交じり春は桜並木が現れた。歩行者専用道路があり、立ち止まってのんびり休憩する人の姿もあった。そんな時間の過ごし方が存在しているのも、また魅力だった。
少し遠回りだったが、余裕のある朝は自宅から徒歩2〜3分の武庫川河川敷方面を散歩がてらグルッとまわり、駅に向かった。
通勤の合間を縫ったわずかな時間だったが、五感がフル稼働する貴重な時間をもたらしてくれた。

やがて、ローカルの魅力にズブズブとはまり、休日に街中へ出かけることが減っていった。自宅やその付近で過ごすことが多くなったのだ。


駅前から商店街にはさまざまなお店が並ぶ。

近所にある昔ながらの商店街には、小さなお店が集まっていた。そこをはしごして食材や酒を買い、家でご飯を作って食べる。日によってオススメが違い、時期によってあるものとないものがある。店の人と会話をしながらそれらを聞き出していくプロセスが、まずもって楽しい。そんなやりとりをたどっていくと“四季”が現れ、そのサイクルで生きていることを感じるようになった。

外食は駅前の焼鳥屋にハマった。店内はカウンターのみで、さながら“昭和”の雰囲気。黙々と焼き続ける店主。何度も通ったが会話した記憶はほとんどない。味はピカイチ。
お客さんの前で、たまに店主と奥さんの口喧嘩も始まったりする。そんな飾り気のない雰囲気が好きだった。一人飲みのおじさんから家族連れ、ユニフォーム姿の野球少年までも集まってきて、老若男女が集まるそんなお店は都会でなかなか見つからないのも、とても新鮮だった。

休日に自宅でご飯を食べる時間が増えると、自ずと部屋の居心地も考えるようになった。


モノに追い込まれた日々からの解放

思えば、引っ越す前の僕のワンルーム暮らしはひどいものだった。モノは増える一方だが、部屋の広さは変わらないのでしまいにはベッドの上で生活していたといっても過言ではない。酒を飲みながら音楽を聞いて過ごすのが好きなのだが、通路にはでっかいスピーカーが鎮座していたので、ベッドへの上り下りも至難のワザだった。おかげで、ベッド脇には酒の空き瓶が並ぶ始末。そんな暮らしにもやるせなさを覚えていたので、引っ越しはいい転機になった。住む場所を変え、その環境にそって暮らしてみることで、自分自身に思わぬ変化が訪れたのである。

やがて結婚することになった僕は、家が手狭だったこともありまた引っ越すことにした。ゆくゆく子どもが生まれることも想定して新しい家探しを始めたが、それはあっというまに終わった。

まず、いろんな町の顔をもつ西宮市の雰囲気が気に入っていたので、今度の引っ越しもできれば西宮市と決めていた。
そのうえで、都会からより一層距離を置くことができる環境を求めていた。できればちょっと“退屈”と感じるくらいの。子どもの頃野山で遊び育ったので必然的に山手へと魅かれていったのだ。ただ、都会の魅力も知ってしまった人間なのでまったく何もない場所に暮らしたいわけでもなかった。

そんなわがままを満たしてくれる場所の選択肢は、ごく限られていたからだ。

(第2回に続く)